Wednesday, July 26, 2017

夢を買うということ

夢を買うといえば、宝くじだろうか。自分の為に宝くじを買ったことはないけれど、父親に頼まれて買いに行くことはままある。
通常のサラリーマンであれば一度に手にすることのない大金がもらえるかもしれないチャンスを求めて、みんな宝くじを買うのだろう。
宝くじは当然だけど、買わなければ当たるチャンスもないわけだけれども、枚数を多く買えば買うほど当たる確率は計算上は高くなるわけで、世の中の人が平均的にどれくらい購入するか知らないけれど、父の場合は一回1万円程度分を買っているように思う。
当たらなくても、当たったらあれをしてみよう、これをしてみようと、いろいろ思いを馳せてみるのも楽しいかもしれないけれど、年に何度もあるうち都度宝くじを購入していたら、それなりの額になるし、それが何年も続いていたら宝くじに使ったお金でいくらか貯金できるかもしれない。
大金を手にする運を持っている人なんて、ほんの一部だろうから、ヘタに夢を見るよりも少しずつでも貯金をしていったほうが手堅く間違いもない。
けれど世の中宝くじに限らず賭け事にはまる人は多いものである。今も昔も形は違えど、一攫千金を夢見て、財を投入する人は多い。
競馬でも競艇でもいわゆる賭け事と言われるものもそうだろうし、株の投資だってそうだ。
夢は見るものであって、現実とは違う世界のものだから、そこに今生であくせくして働いてできたお金を投じるのも馬鹿らしいような気もするけれど、そこにロマンを求める人や現実逃避したい人もいるのだろう。
私にはその気持ちはわからないけれど、それを真っ向から否定することもまたくだらない。
時には人は夢でも見ないと現実を生きていけない時もある。現実が苦しくて苦しくて、違う世界を夢想するのだ。
違う世界に行ったきり戻って来られなかったら、それはそれで問題だ。
人は他の動物と違って夢見る生き物で、夢見る為にお金を遣うのもまた一興であろう。