Wednesday, July 26, 2017

現実世界での夢

まるで夢のような世界だ、と言う。夢を売ったり、夢を提供する場もある。
例えばおとぎの国の世界だ。咄嗟に思いつくのはディズニーの世界か。
現実にはない世界を再現して、楽しませる。現実ではあり得ない世界だから夢の世界というところか。
実際にはそこは商業施設であるから、現実的なことを言うとその裏では膨大なお金が動いていて、集客のための企画であるとか、計画であるとかおよそ夢とはかけ離れた世界だ。
でもあえてそのひどく夢とは遠く離れたどろどろの生臭い部分には蓋をして、綺麗な部分だけを人は見ようとする。またその部分を創りあげるために、企業は一生懸命になる。現実はともかく、夢は見たモノ勝ちだからだ。
夢のような世界がそのまま続くと夢を見られるのは子供だけであって、現実をある程度知っている大人は、夢を見ていられるその空間から離れると現実に戻ると知っている。
知っているけれども、その夢のような世界に浸っていられる時は、その世界にどっぶりつかって現実逃避もたまにはしたい。
映画だって、本だって何でもそうだ。現実にはないであろうスペクタクルな世界を映画館の大画面でみる。映画を見ているその数時間は、ある意味夢の中の世界だ。
家にいたって、簡単に夢を見られる。本を読めばその本の世界に浸れる。本は字だけの世界であるけれど、その分想像をかき立てられる。
見たい夢ではないけれど、現実にはない世界に自分の空想を巡らすことで、違う世界に浸れる。
どんなときでも、現実ではない別の世界にトリップしたければ、その方法はいくらでもある。その世界から離れてもしばらくは、余韻に浸ることもできる。
人は夢と現実をコントロールもできる。見る夢もあれば、あえて自分で現実の中に作られた別世界だとわかっていて入り込む夢もある。
そういう夢を与える場には必ず汚い世界がつきものだからこそ、夢の世界がより美しく思えるのかもしれない。